理念・ビジョンの策定

経営理念は組織づくりのため

「経営理念で飯は食えない」とはよく言われますが、その通りだと思います。経営理念さえあれば売上が増大し利益が確保できるかといえば、そのようなことは無いでしょう。経営理念が無いまま起業し事業を発展させ、ある程度の財産を形成し、M&Aによるアーリーリタイアで引退生活を楽しんでいる創業者や、経営理念が無くとも経営者自身のカリスマ性で社員を牽引し利益をあげている企業は多く存在します。反対に、崇高な理念を掲げていても残念ながら淘汰されてしまう企業があります。経営理念の”有り” “無し”が業績に直結するとは到底言えず、立派な理念を掲げていても実態は全く違うのであれば、極論、無いほうがいいとさえ言えます。

経営理念は飯を食うために必要なのではなく、卓越した組織づくりのための必要条件です。

経営者が引退しても息子の代・孫の代と世代を超えて企業が継続していくため。
経営者がいなくても経営理念にもとづいた主体性を社員が発揮し企業が発展していくため。
そのために必要なものが経営理念であると言えるでしょう。

経営理念に使命は欠かせない

企業は社会の公器であり、社会に貢献する一組織として必ず使命があります。使命とは、企業がなんのために存在し、いかなる社会目的を実現するかです。また、使命を果たすためなりふり構わず行動するということが良しとされるはずは当然なく、使命達成にあたりどのような態度で行動するかという企業独自の価値観が使命とは別に存在します。そして、事業を通じて”将来的に成し遂げたいことや成し遂げたい状態(=将来ありたい姿)”としての目標があります。これら「使命・価値観・目標」と「経営(企業)理念」との関係性・その定義は企業ごとに異なっているのが実態です。

  • 使命と価値観を統合したものを経営(企業)理念とする(使命+価値観=理念)
  • 使命と理念を同義とする(使命=理念)
  • 使命と価値観に目標を加えそれらを包括するもの(あるいは上位概念にあたるもの)を理念とする(使命+価値観+目標<理念)

これ以外にも社是、社訓、信条、スタイル、行動指針、行動規範など呼び名は様々で、近年は使命、価値観、目標をミッション、バリュー、ビジョンと呼ぶところも増えています。

※ピーター・ドラッガーの著書『ネクスト・ソサエティ』(2002、ダイヤモンド社)P58には以下のように書かれており、これを引き合いにバリュー、ミッション・ビジョンの必要性を説くところが増えたことから、この呼び名が広まってきたのではないかと思われます。

ネクスト・ソサエティにおける企業とその他の組織の最大の課題は、社会的な正当性の確立である。すなわち、価値、使命、ビジョンの確立である。
In the Next Society, the biggest challenge for the large company and especially for the multinational may be its social legitimacy – its values, its mission, its vision.
引用:「ネクスト・ソサエティ」ピーター・ドラッガー(2002、ダイヤモンド社)

どの呼び名が適切かということは一概に言えず、それよりも自社における関係性やその定義を社員と共有できているかどうかのほうが重要ですが、いずれにしても「何のために企業が存在し」「いかなる社会目的を実現するか」という使命そのものを見つけ出すことは、経営(企業)理念の策定においては欠かせません。

共通の使命感を持つ

愛とはお互いが見つめ合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである

この言葉はフランスの作家アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが愛について語ったものですが、これは企業経営に関しても同じことが言えます。それは、会社と従業員との間柄においても、互いに向き合うこと以上に同じ方向を向くこと、つまりは使命に目線を向けることがより重要だということです。

とあるインフラ事業を営むY社は、参入障壁が高く経営が安定しており、従業員の給料は他業種と比較してかなり高いものでした。ところがこの企業は「従業員に向上心が全く見られない」「愚痴や不満が多い」という悩みを抱えており、アンケート調査を行ってみることに。すると、❝自分は社会に貢献しているか?❞という問いに対し「そう思う」「まあそう思う」と回答した従業員はなんと約3割。我々の生活には欠かせない事業に従事しているにもかかわらず、です。一方で切削加工を営むT社は、給料は同業種平均よりも低く、業績が良くないときは賞与は寸志。にもかかわらず、従業員たちは常に自分たちの技術を向上させることを考え、積極的に仕事に取り組んでいました。そしてY社と同様にアンケートを行ったところ、T社では❝自分は社会に貢献している❞と回答した割合は約7割にも上ったのです。この2社の違いはなにか。(複合的な要因があるにせよ)大きな違いの一つに、社長をはじめとした経営陣が日頃から従業員たちに自社の使命について語っていたかどうか、ということが挙げられます。Y社は経営陣と従業員とのコミュニケーションが売上や稼働率、コストばかりで自社の使命について共有が全く図られていませんでしたが、T社は朝礼や会議、経営発表会など、ことあるごとに自社の使命を従業員たちと共有し、同じ方向を向くようにしていたのです。

また、使命に関するものでこんなサンタクロースの寓話があります。サンタクロース達に対し、ある管理者は配送順序を示し、橇の安全運転を遵守させ、迅速な配送を全うさせるだけ。一方で別の管理者は「子どもに夢を与え、子どもを喜ばせる」という使命を日頃から繰り返しサンタクロース達に説く。すると前者に属するサンタクロース達は単なる配送業としての役割を果たすにとどまり、「寒い」「重い」「時間が無い」と愚痴をこばす。かたや後者は、大変な状況に置かれても子どもたちの笑顔を想像し、子どもたちに喜んでもらおうとイキイキとプレゼント配りに従事する、というものです。

従業員は企業の使命の遂行を通して社会貢献を果たします。ところが、「社会に貢献できる仕事がしたい」「いつかは社会貢献活動に努めたい」と言う人は少なくありません。無論そのような考えを抱くこと自体は素晴らしいことですが、企業の側からみれば、企業活動そのものが社会貢献であるということが従業員に理解されず、更には従業員が自社の使命を知らない、又は使命に共感・賛同してもらえていない、と言えるでしょう。

大きな変化の時代だからこそ、個々の従業員に自主性を認めることに積極的にならざるを得ない時代だからこそ、共通の使命感を持たせる『理念経営』は重要です。使命や価値観からなる理念が文書化されていなければ、まずはそれを文書化しましょう。ただし単に文書化すればいいというものではなく、そう簡単なものでもありません。付け焼き刃ではかえって逆効果になることすらあります。従業員へのヒアリングも欠かせません。相応の期間と手間を要するでしょう。しかしながら、真に大切な部分を曲げることなく維持し、変化し、対応できる理念を見つけ出すことは、要したコスト以上に自社にとって有益なものになるはずです。

経営理念は不変か

「経営理念はこのままにして、僕は自分なりに他のものを作ろうと思ってます。だって、経営理念は先代(父)が作ったものだし、僕が変えるわけにはいかないですよ。」
ある三代目社長がこう言っていました。果たしてそうでしょうか?

確かに、経営理念は変えずに経営方針、経営戦略、経営計画で舵取りしながら事業を行っていくことが一般的でしょう。ですが、「経営理念は変えてはいけない」「変わらないものこそが経営理念だ」というのはどうでしょうか。企業を取り巻く環境は日々刻々と変化しており、むしろ必要であれば変えるべきです。最近では伊藤忠商事(2020/1/16)、NEC(2020/4/1)、三井物産(2020/5/1)が改定、それを公表しています。トヨタ、パナソニックも過去には改定しています。いずれも時代や社会情勢の変化に伴う改定です。

必ずしも変えることを推奨しているわけではありません。時代変化に左右されない確固たる経営理念が存在し、それが社内に浸透し、従業員の行動に繋がっていれば変える必要は全く無いでしょう。

しかしながら、例えば以下のようなケースは改定を検討する余地があるはずです。

  • M&Aにより文化や風土が異なる組織が同一組織となった
  • 外部環境変化によって従来の経営理念が時代錯誤のものとなった
  • 内部環境変化によって従来の経営理念が企業の実態と合わなくなった、はたまたその内容が不足している
  • 下記要因などにより従業員への理念の浸透、従業員自身の理念の活用に問題がある
    ・古くからの言葉を用い現代に馴染まない
    ・数が多過ぎる、文章が長過ぎる
    ・過度に抽象的、あるいは過度に具体的
  • 事業承継時

このときに大切なことは創業者の精神や企業の核となる部分は踏襲することです。全く別物に取って代えるということではなく、いわば「昇華させる」ということです。冒頭の社長は先々代の創業精神を大切にしたうえで先代の経営理念に「変わらないために変わる」というキーワードを盛り込むなどし、理念を昇華させました。

今は社会の常識や制度、生活スタイルが前とは大きく変化するまさに断絶の時代です。副業の解禁、リモートワークの推進、クラウドソーシングの普及。ますます”個”が進んでいくとも言われ、成果をあげさせるために”個”を組織としてまとめる施策はより一層必要になっていくでしょう。

経営理念は価値観を明確にし、従業員とその価値観を共有するものでもあります。従業員たちの多種多様な価値観を尊重しつつも組織としての価値観を共有することは、求心力の向上、そして組織力の強化にも繋がります。今だからこそ、組織を組織たらしめるためにも、企業の使命であり存在理由でもある経営理念を今一度見つめ直し、昇華させる必要があるのではないでしょうか。

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