一口にM&Aと言っても、そこには様々なドラマがあります。譲り受ける側も、譲り渡す側も、それぞれに歴史があり、想いがあり、積み重ねてきたものがある。一つとして同じM&Aはありません。
早く会社を退きたいA社長
譲り渡す側(以下A社)の社長(以下A社長)は当初、「M&Aをしたら一刻も早く会社を退きたい。引き継ぎをしたくないということではないが、可能な限り早くお相手に任せたい。」と言っていました。A社は建設関係。創業から40年以上が経ち、TKC経営指標(BAST)の業種別平均売上高と比較して売上規模は小さいものの、毎年営業黒字を続け、自己資本比率は70%を超える企業で、無借金経営。そのような経営状況にもかかわらずA社長がそう言うのは、自身の体調に不安を抱えるためでした。60歳を超え、繰り返し大病を患うようになり、自分はいつまでこの仕事を続けられるのだろうといった不安が、いつからか「早く会社を退きたい」という言葉に変わっていました。
後継者がいないA社長は、自社を譲り受けてくれる相手先を探し始めます。ただし、「地域的にも業界的にも意外と狭いコミュニティであるから機密は徹底してほしい」という要望から、M&Aプラットフォームに掲載することなどはせず、相手探しは水面下で進めることに。それでも財務内容が健全であることなどもあり、譲り受けを希望する相手はすぐに見つかります。5社とトップ面談に臨み、その中で出会ったのがB社です。
B社との出会い
他県で建設業を営むB社。規模も大きく地元では有力な企業。数年前にA社が拠点を構える地域に支店を構えたものの、いくつかの課題を抱えており、当該地域で他社を譲り受けることを以前から検討していました。B社にとってはA社と一緒になることで「地方自治体から仕事を請け負うことができるようになること」「有資格者を確保できること」、さらに「今までは全て外注に回していた工事(A社の取り扱い業務)を内製化できること」など、高いシナジー効果が期待できることからA社の譲り受けを強く希望します。B社にとっても相手から提示された条件は自分たちの希望条件に最も近く、経営陣に対しても好印象で、従業員のことや自社の将来のことを考えると、B社は最適なお相手でした。
不安だったA社長が
しかしながら、「早く会社を退きたい」というA社の社長にとってはある不安が。「B社はウチとは完全な同業種ではない。これからも私はこの会社に居続けなければならないのだろうか。B社の仕事を新しく覚えさせられたりするのではないだろうか。」 しかしB社は「社長に当社の業務を担ってほしいとは思っていません。むしろ私たちは教えを乞う立場です。社長ができるだけ早く安心してご勇退いただけるよう努めますので、私たちに色々と教えてください。それまでの少しの間だけ、どうかお力添えください。」 と、誠実かつ真摯に応え、A社長の不安を拭います。条件交渉やDDはスムーズに進み、最終契約・成約式の場。そこには言葉を詰まらせながら、涙を流すA社長がいました。
「やっぱり寂しいですね・・・。今まで真面目に、必死に頑張ってきたので、早く辞めたいと思うときもあったけど、この会社を長くやってきたので、やっぱり寂しいです。これからも、A社をよろしくお願いします。」
M&Aには様々な背景や想いがあり、全てのご縁が唯一無二のものです。それに対して我々がやるべきことは、経営者に寄り添い、共感のもと、誠実に対応することです。